DISTANCE




志摩が女に振られたという。

振られるとしばらくは別に言いもせず、内緒にしているようなのだが、

家に入り浸る時間が増えるので、だんだんにわかってくる。

女はええんか?と満を持して聞くと、

振られてしもた、とへらへら笑う。


「坊は俺に彼女がおらへんほうがええでしょ」

「は?どうでもええわ」

「おらんときの方が機嫌がええよ」

志摩はそう言って、こずるい顔で笑った。


俺の気持ちを知っていて、

答える気があるのかないのかうやむやにして

それでもこんな台詞を言ってのける。

「坊も女の子と付き合ったらええわ」

相変わらず軽くそんなことを言って。

「女の子、やーらかくてええ匂いでかわいいよ」

「…なにを言いたい?」

その言葉に少しいらだって、眉間にしわが寄る。

「俺なんかより、何倍もええ」

志摩はそう言いながら少し悲しそうな顔で笑った。

笑って、俺の顎から頬に手を当てて、

静かに唇を合わせてきた。

「…言うこととやることが矛盾してるやろ」

塞がれた口が解放されて、俺は軽く睨みつけながら言う。

「おぉ怖っ」

茶化す志摩は、もう切ないという表情ではなかった。

俺のワイシャツのボタンに手をかけ、

はずしていくなれた手つき。

もう何回目なのか、

三回くらいまでは数えていたが、

もうやめることにした。

回数を重ねてなにかが変わるわけではないと、

どこかで気がついたから。

志摩がなぜ、こんなことを続けるのかわからなくはなかった。

自分も、おそらく同じ理由で、

志摩の誘いに乗る振りをしている。

回数が積み重なる度に、互いに、慣れた手つきになってくる。

暗黙の了解が増えていく。

探求心さえ芽生えて、身体ばかりが馴染んで。

心はいつでも置き去りだ。

いや、置き去りにしたまま、

理屈や建て前やたくさんの言い訳から遠いところに二人で漕ぎ出したようなものかもしれない。




顔を背けたまま手を口に当てて声をかみ殺す志摩に上から覆い被さりながら

腕をつかんでむりやり口づけて舌をすべりこませる。

少し体温が低い粘膜。

からませると鼻にかかったようなうめきが漏れた。

「我慢せんでええ」

志摩は頷いて、首に手を回してくる。

言葉にならないとぎれとぎれな喘ぎは、

後ろめたさを振り払ったように耳に響いた。

ふいに、志摩は付き合っていた女とどこまでしたんだろうか、と考える。

キスくらいはしたかもしれない、と思ったらなんだか腹が立って、

少し乱暴に体を揺さぶった。

そんな権利はないのだと、思いながら。

「あぁっ、坊…かんにんっ…」

必死にすがりついてその衝動をやりすごそうとする姿に、

少なからず満足して、

あとはゆっくりと志摩が悦い声を挙げるぐらいのペースで抱いた。


いつの間にこんなふうになってしまったんだろう。

どうしてこうなってしまうんだろう。

大事なことを置き去りにして、どこまで行こうとしているんだろう。

志摩が強くしがみついて、限界が近いとわかって。

こめかみの傷に口付けて宥めて、それを許す。

あわせて自分も中に吐き出して、

強く抱きしめて、ここぞとばかりに、労わって。

これを愛情とは言わずに、ただの行為の一環だと自分に言い訳をする。

だけど、そうせずにはいられない。


志摩は、口付けなんてせがまない。

せがまないと知っていて、口付ける。

こばまれることはない。


身体なんて投げ出しているという振りを続ける志摩に応えることが自分の義務だ。

二人の気持ちが表面化しないように。

二人で歪んだ行為を続ける。

そこまでおそらくお互いわかっているのに、

こんな非生産的なことを続けてしまう。


せめて、今くらいは。

せめてこの時間くらいは何かに許されていたい。

深く、この上なく優しく、口付ける。

このあと志摩が少しでも傷つかないですむように。