夜半


目が覚めて、まどろんだ心地のままゆっくりと上体を起こした。

闇に慣れた目で隣を向けば、

ただ目を閉じているだけのような様子で眠っている食満。

猫っ毛は布に乱され、

起こさないようにゆっくりと手を近づけ、髪を撫でた。


まだ頭ははっきりしていない。

夢でも現実でも、夜というのは比較的どちらでもかまわない。

世界の中にひとり取り残されたような、

不安さと妙な安心感。

起きる気配もないその人にゆっくりと触れる。


―意外と、簡単には目を覚まさないものなんだ。


知らなかった。

小さい頃は夜に目を覚ませばいつの間にか母親が起きていて、

子守唄を歌いながら寝かしつけてくれたことを思い出す。


す、と顔の輪郭を指でなぞっていく。

髭も薄く、色素もそれほど濃くはない肌。

唇に触れてみれば呼気が指先に触れてほんのりと湿り、暖かくなった。



―警戒しないんですね。


ふ、と笑いがこみ上げた。

考えてみれば、この人がこんな身近な気配に気が付かないはず、ない。

起きているんですよね?

のど元まで出掛かって、だけど声にはしなかった。


別に、目を覚ましていて、狸寝入りを決め込んでいるとしても、

かまわないのだ、本当に。


もう一度布団にもぐりこんで、

そっと食満の腰を抱き寄せた。


少しだけびくりとしたような気がした。

だけど決してこちらを振り返ったりはしない。

温度を重ね合わせるように身体をすりよせる。




この、甘すぎない距離を保てるのは、あなたにだけ。







少し揺らいだ気配に、ふいに覚醒する。

闇夜に衣擦れの音が響き、ふぅと息をつくのが聞こえた。

竹谷が起きただけだな、と確認し、

自分ももう一度寝につこうと目を閉じる。


頭にくすぐったいような感覚を伴って、

厚い掌が触れた。

すっと通り過ぎていく指先は、

ゆっくりと肌をなぞっていく。

感覚を追うような茫洋なもので、目を開くことも声を出すことも躊躇われた。


目を閉じたままでその動きを追った。

気が付いているだろうか、起きていることには。

最大限それを隠し立てて今、いるけれど。


指先は唇にたどり着く。

ややもするとくすぐったさよりも向こう側へと誘いかねないような触れ合い。

普段の竹谷の、繊細さのかけらもなさそうな印象からは程遠いから、

だからこそ余計に気持ちを煽られそうになる。


指先はそこから静かに離れ、

また衣擦れが夜に響いた。


少しだけ安心して、夜に身をゆだねかけたその頃、

腕が身体に回る。

驚いて一瞬声を出してしまいそうになった。

そのゆったりとした重さに、心臓がぐっと苦しくなるのを感じる。

ぐ、と力を入れてやりすごした感情はなんだったのか。

背中と腹が重なって、

感じ取るその心臓の動きは、平生と同様のものであった。




当たり前のように寄り添っていられる、たったこれしきの得がたいもの。







夜は過ぎていく。


いつしか二人とも眠りについて。

時折梟が鳴いても、その腕が離れることも、振りほどかれることも、ない。