言葉にするには





食満先輩。


声を掛けたら下をむいたまま、うん、って言う。

手元ではどうやら伊作先輩に頼まれた様子の薬箱が

ちゃくちゃくと出来上がっていく。


先輩といるとき、

木のにおいがしていることが多い。

油のようなにおい、そしてさびたようなにおい。


食満先輩。


本当に続けたい言葉はいくつもあって、

結局、自分が言うにはまだまだ自信がないと思ってやめる。

夏休みの、生徒も少ない学園で、

たまたま雑務があって残ったこの部屋で。


俺のこと好きですか。

俺のことを思ってくれますか。

こうやってただ一緒にいる時間を、

同じように大切なものだって思ったりしますか?



たとえば鉢屋や久々知や雷蔵といるときは、

なんにも考えなくても楽しい。

食満先輩といるときはそうじゃない。

考えている時間がいっぱいだ。

考えてうまく喋れないような時間が長くて、

自分らしくないなぁ、なんて思ってもどかしくなる。


「竹谷」


名前を呼ぶその声に、頭の奥が痺れる。

「なんだ、ぼやっとして」


先輩のことを考えていたんです、と

すぐそこまででかかった言葉を飲み込んだ。

その代わりに手を伸ばす。

そして強く引き倒して、身の下に敷く。

「…竹谷、」

宥めるような声など、耳に届いているけれど知らない振りで、

「すみません」

と一言謝って、首筋に軽く唇を当てた。

「なんで、今…」

身体をよけようと、腕に力を込めているのがわかるが、

本気ではないんだろう。


先輩が自分に、こうやって抱かれていてくれることが、

自分にとっては何よりも強い確信となる。

一つ年下の、若輩な自分にその身を預けてくれるということが。

嫌だとは、言わない。

それがどういうことなのか、わからなくなるときもあるけれど。


日が一番高い時間。


障子紙を透かして降り注ぐ明かりに、思考が現実感を与える。

「おい、竹谷…ほんとに、する気…か?」

胸をはだけられ、腕をけだるく額の辺りに当てながら、

少し困ったようにつむがれた言葉。

「嫌ですか」

尋ねてみれば、「まだ明るいぞ」と、諦めたように言った。



それを許されていると思えばいいのか、

呆れられていると思えばいいのか、

最近は怖くて考えたくないと思ってしまう。

この行為の本当の意味が見えないまま、

意識よりもさきに、その身を手に入れてしまっていることに。



私のこと、少しでも好きですか。


それが聞けないまま、

事故のように与えられたこの立場で。

そういう感情があることになど、蓋をして。

いらないことばかり考えて、結局何も伝えられないまま。


ただただ快楽のために身体を交わらせる愚かさに、心の中で涙を流す。




最中、食満先輩は何も言わない。

何も、って言えば語弊がある。

大事なことは、何一つ言わない。



今はまだその理由を聞くのも、

自分の理由を口に出すのも躊躇われて。





声にしないように、唇を読まれることのないようにそっと、


好きです、


と口を動かした。






まだ明るい部屋の中で、畳の匂いと食満先輩の匂いが身体に移っていく。

ただ静かに声を殺して、

心も殺して、

誰にも打ち明けられないほど愛しくてたまらない人の身体を、

そう知られることのないように、頭を真っ白にしながら抱いた。