何もない夕方は用具委員会の部屋に入り浸るようになった。
別に何をするでもない、お互い自分の仕事をしたり、他愛もない今日の報告をしたり。
「あ、そういえば」
食満が思い出したようにぽつりと呟いた。
「女郎との顛末、聞こうと思っていたんだった」
「あ。あぁ…はい」
少し話しずらそうに頬を掻いて、
「話さなくちゃダメですかね」
とそんな気弱な言葉が口をついていた。
「いや、話したくないならかまわない」
なんだかそうやって心の一歩手前で踏み込むのを躊躇われると、
妙に慌てる感情が芽生えてしまう。
「あの、話しますっ」
無理はしなくていいぞといわれる前に、竹谷は口を開いた。
「文を、いただきました」
ちら、と食満の表情を窺う。
じ、と表情を変えずに、ただこちらを見ている。
「今度、身請けされる先が見つかったそうです」
遠くへ行きます、という文を、つい最近もらったばかりだ。
「お慕い申し上げておりました」という一文があったことは、
いつか食満に聞かれることがあれば話そう。
今は、それは胸にしまった。
「そうか」
居住まいを正して一言だけ残して、沈黙が部屋を包んだ。
こういうとき、何を言えばいいのだろうか。
もっといろんな場数を踏んでいればこのように悩んだりしないのに。
言葉も見つからないまま、食満に手を伸ばした。
「そんな顔をしないでください」
頭ごと胸に抱きしめてみた。
偉大な、尊敬する先輩だと思うから、こんなふうに触れて良いのかいつも少しだけ迷う。
夕暮れが訪れて、次第に、静かに、陽が落ちていく。
人と深く関わることは、簡単じゃない。
こうやって、何を伝えればいいのかわからないことがたくさんある。
でも、不思議なことに、こうやって体が触れ合っているだけで、
なんとなく不安が薄れるということが、最近わかった。
「あの時女郎を抱いていたら、食満先輩とこんなふうになっていませんでしたよね」
少し、冗談めかして言ってみた。
食満が胸のあたりからこちらを見上げてくる。
「そうだな」
そして腕が背中に回ってくる。
いつのまにか、自分の方が抱きしめられているような形になっていた。
「実習の、続き……、私では不足かもしれないが」
耳元にそんな声が聞こえた。
一瞬意味がわからなかったけれど、そのまま食満に押し倒されて、口付けられて、
そこでようやく意図するものがわかった。
「先、輩…」
肩口に手をかけて、身を反転させた。
くらくらする。
口元をゆるく微笑ませていたが、そっと頬に伸びた指が小さく震えている。
ただそれだけのことで、たまらなく愛しい気持ちが湧き上がるのを感じた。
食満のその気持ちに今にも泣きそうになりながら、
手探りながらも、可能な限り優しく髪の毛を撫でた。
「…すいません」
そのまま、元結を解いて、首筋に手を滑らせる。
まっすぐな髪の毛がゆっくりと広がった。
そして、なだらかな曲線を描いた首筋に、ゆるく唇を当てた。
ん、と鼻に掛かった声が小さく聞こえ、
その後慌てたように食満は口元を手で押さえた。
…自分が触れたことで気持ちよくなってくれるということが、
たまらなく嬉しい。
少しずつ服を乱していきながら、
どこも愛しくてたまらなくなって、到るところに手で、唇で触れた。
声が漏れないようにと口をふさいでいるのに、
だんだんに荒く息が上がってくる。
「…辛い、ですか?」
声を潜めてたずねると、熱に潤んだ目で、こちらをそっと見る。
大丈夫だから、と口元だけで言った。
気が付けばすっかり陽が落ちて、部屋は暗く、感じたことのない沈黙の気配を感じた。
音のない部屋の中で、ただ、呼吸と肌の触れる音だけがする。
袴に手を掛けた。
ぐ、と背中に回っていた指先に力がこもる。
しかし、それをいたわる様な余裕が既になかった。
下肢に手を伸ばす。
自分が知っている方法で、ただただ高めるようにと手を動かす。
唇を噛んで耐えていた食満が、荒く声を上げる。
「はっ………んっ、ぁ…たけ、や…」
達するのを耐えているせいで、目の端から涙を流して、
体がとても熱い。
名前を呼ばれて、ぞくん、と背筋が震えた。
「先輩、こっち、向いてください」
目を瞑ったまま気だるく声のほうへと顔を動かす。
その唇を舌でなぞって、薄く開いたそこへと舌を差し入れる。
奥へと逃げる舌は少し低い温度。
それを捕らえて、軽く吸い上げる。
そして、片手を伸ばし、汗と先走りに塗れた奥へと指を差し入れた。
んん、と鼻濁音を上げる食満を宥め透かすように、
内腿や腰の辺りをそっと撫でながら、またゆっくりと指を沈めていく。
舌を絡め取られているせいで声が上げられない食満は、
ただ背中に爪を立ててその瞬間をやり過ごそうとしていた。
そこまでして自分に何かを明け渡そうとしてくれている。
「本当にいいんですか」
自信がなかった。
こんな自分で、本当にいいんだろうか。
そうは思っても、食満の全てが欲しいという気持ちはもう止められそうもなく、
この暗闇の中で覚えた身体の疼きを生み出す場所に触れ、
食満がびくりと身体をひきつらせるたびに、ひどく満足する感覚を味わっていた。
「…ここまで、して…だめなわけ、ないだろうが」
息も切れ切れで、
それなのに安心しろといわんばかりの優しい笑顔で、
さっきまで指先が白くなるほど力を込めて背中に爪を立てていたその手で、
ぽん、と優しく頭を撫でた。
そしてその手が唇を辿り、あおるような口付けをすする。
そんな余裕がないことは、こんなに触れていればいくらなんでもわかっていたのだが。
それでも懸命に、可能な限り気を遣わせないように振舞ってみせるその人。
食満の手を取る。
やさしく握りしめて、どうにもならないほどの愛しさで掻き抱いた。
「…無理、しなくていいです、食満先輩」
もう、よくわからなくなって涙が出た。
「そんなに俺を許さなくていいです」
抱きたいなんて、そりゃあ思わないわけはないけれど、
こんなふうに身を差し出されることを、望んでいるわけじゃない。
こうやって抱き合ってれば、抱きたくてたまらなくなるのは当たり前だけど、
無理なんて、しなくていいのに。
「馬鹿だなぁ、お前は」
ぐす、と鼻をすするみっともない姿に、苦笑いして、
食満はそっと竹谷の服の胸元に手を伸ばしてきた。
「お前が優しいのは、わかっている…が、こういうときは」
その指が胸をなで上げると、背筋を這うように肌がぞわっとした。
「こういうときは…押し切ったって、間違いじゃないんだ、ぞ」
背骨の近いところの、筋肉の筋を辿るように触れるか触れないかのように指が滑り降りる。
声が、抑えられなくて、
上げたこともないような、高くて鼻にかかった声が出た。
頭が沸騰しそうだった。
その快楽に押し流され、半ば強引に後孔を探ると、あっ、と食満が淡い短い嬌声を上げる。
濡れきったそこは、ぬるんで思ったよりもすんなりと指を受け入れる。
何度か指を動かしながら、ぐいぐいと押し入れた。
「ぁ…ん…大丈夫、だから、…」
指を二本に増やす。
人差し指と中指がぬるぬるとし、その感覚だけで達しそうになった。
そのまま矢も盾もたまらず、膝裏を抱えて覆いかぶさる。
「…いきます」
こくん、と頷く食満が、ほんの少し不安そうな顔をした。
「ダメなときは、言って」
そこは狭く、なかなか簡単には身を進められなかった。
しかし、根気良く何度か試みているうちにずるりと中へと引き込まれていき、
耐えられず声が漏れた。
食満の中は熱くて、すぐに気をやってしまいそうだった。
「あぁ…先輩と、一つになっているって気が、します」
ういた頭で、恥ずかしげもなくそんな台詞を口走り、
「私も…っあ…」
応じる言葉に、愚かにもただ嬉しくて、
食満の下肢に手を添えながら、ゆっくりと腰を動かした。
それは、労って、ではなく、限界を少しでも引き伸ばしたくて。
正直に言って、欠片も余裕がなかった。
「ぁ、うぁ…」
うめくような声を上げて、すがりつく。
「竹谷、んっ…あぁ、もう」
張り詰めすぎて、下腹部が痛むほどで。
突き上げるような高まりに。
「すいません、もう、俺っ」
たまりかねて、ただ本能の赴くまま乱暴に揺さぶった。
途切れ途切れに泣き出しそうな食満の声が聞こえる。
それすら感情を煽るものにしか聞こえなくなって、
口を吸って、乱暴に叩きつけるように奥へと吐き出した。
吐精の膨張に反応するように、食満も達しそうになっているのがわかって、
それを促すように、ただただ追い詰めるように指を動かした。
びゅくびゅくと吐き出された白濁に、また少し下半身に熱が集まっていくのを感じた。
「…盛り過ぎ」
ようやく呼吸が落ち着いた頃、そう言って後頭部を軽く叩かれた。
食満の照れ隠しだとわかって、少し嬉しくなった。
敷布の代わりに敷いていたお互いの服の上にごろん、と仰向けに寝転び、
竹谷は食満の手をとって、やわく口付けた。
「ね、先輩」
身体を重そうに動かしながら、なんだ、と問われる。
「聞かせてもらわないと、実習が終わらないです」
食満が引き下がれないように、あえてずるい言い方をした。
ぐ、と言葉を飲み込んだ食満は、そっぽを向いて、
困ったように、自分の髪をぐしゃぐしゃとした。
「…何が聞きたい?」
そう、むくれたように言った。
「えぇと…」
自分を想ってくれているか、とか、
俺の気持ちは伝わってますか、とか、
聞きたいことがいくつか頭に浮かんだけれど、
どれも今更口にしてもらいたいと思うようなことではなかった。
「やっぱり、いいです」
そう告げて、そのまま抱きしめて、口付けた。
「いいです、ずっと追試で」