戯言と月
「酒を飲む人花なら蕾 今日も咲け咲け明日も咲け」
今夜は月のよい晩だ。
部屋の隙間を縫って差し込む灯りにその姿を眺め、
一人手酌で酒を飲む。
「戯言を諳んじて物思いにふけるなど愚の骨頂だな」
杯を口元に運んだまま、視線だけでななめ後ろを眺めれば、
懐紙を刀に滑らせた野村が、つまらなさそうな顔をしていた。
一瞥もくれずにはき捨てるような物言いにも慣れた。
結局のところ、そのようにつれない態度をとっておきながらも、
こうやってつどつど顔を出しては居ついて帰るのだから。
「いいだろう、風流じゃろが」
「なぁにが風流だ、阿呆が」
膝を擦って大木は野村の側へと拠る。
「お前も飲まんか」
たん、と音を立てて杯を置き、たくたくと注げば悪びれもせずにそれを口にする。
催促するように、野村が杯を音を立てておく。
それを見れば、にやにやと大木はまたそこに酒を注ぐ。
「好きよのぉ」
しかし、野村はつんとした態度を崩さない。
それが大木にはたまらなく面白くて仕方がないのだ。
「好きよを嫌と いわせるものは さかしき人にみるこころ」
ぽつり、と一言。
「なに…?」
「独り言じゃ、気にするな」
杯を取り上げて、一気に飲み干す。
「杯、もう一つ寄越せ」
野村は刀の手入れが終わったのか、個気味良い音で鞘に収めてそう言い放った。
大木はこうやって二人きりで部屋にいると、
野村になんでもしてやりたい気持ちになる。
もちろん下心もあるが、ただただひたすらに愛おしい気持ちになるせいだ。
灯りを消して口付けの一つもしようものなら、
拳も覚悟しなくてはならないが、
それでも性懲りもなく抱きしめ接吻を繰り返せば、
どこか諦めたようにその身を開くくせに。
まるでこちらになんの想いも抱いていないかのような素振りを決め込んで、
強がって見せているようにしか思えない。
しかし、そんな思考の一欠けらも察されれば怒って帰りかねないからと、
大木は、野村が望んでいる「良き好敵手」であり「良き友人」であるというスタンスを精一杯守って接する。
しかし、今夜はどうもそうもいかないようで、
先ほどから杯を傾ける口元やら、指先やら、皮膚から透けるような肌の熱に、
なんとなく気がそがれている。
あまりにも月が美しい晩だからだろうか。
あまりにもいい気分で酔いが回っているからだろうか。
手を伸ばす。
今日は、殴られても帰ると吐き捨てられても、うまく言いくるめられそうな予感がした。
杯から口の中に酒を流し込み、野村の手首を掴んだ。
「…なんだ?」
平生と変わらない反応は、まだ警戒していないしるし。
そのまま力ずくで引き寄せて、口付け、酒を流し込んでやる。
一瞬ひるんだ身体に、一気に抵抗が表れたが、
その衝撃でがたんと酒が床に零れ、気を取られた野村が一瞬隙を見せた。
これ幸い、と大木は野村を床に押し倒す。
「お前最初からこのつもりでっ!!」
悔しさと酒がまわったせいとで、目を潤ませたままにらみつける顔も、
今はただこちらの感情を煽るだけの効果しかない。
「飲んで忘れるつもりの酒が…とは言ったものよな」
「お前が歌人の気取りか」
ぎ、と鋭く見遣る目にも慣れている。
この程度でひるみはしない。
「想い募らす 春の雨、というやつだ。わしほどお前を好いておる奴もいないだろ?」
ぐ、と言葉に詰まったのが見て取れた。
結局のところ、野村も自分に弱いのだということは、承知の上だ。
とくに面と向かって口説かれるのにはとんと弱い。
「愛しておるぞ、野村」
少しだけ深く、しかし短く口付け、ずれてしまった眼鏡を取ってやる。
ため息をつくようにして腕で目元を隠し、横を向いた野村は、
既に抵抗を諦めたようだ。
「…ここでするのか」
嫌そうに吐き捨てる。
「ここでは嫌か」
「酒が…」
零れた酒が気に掛かると見えた。
「このくらい、たいしたことないわ」
首筋に口付けてみれば、頚動脈が脈打っているのがわかった。
舌先で辿り、鎖骨に軽く噛み付く。
何度抱いても味わい甲斐のある身体だ。
眼鏡をはずせばこの上ない別嬪だし、
なによりも、自分と対等な力と技を持っている人間が、
このように体を明け渡していることに興奮せずには居られない。
大木は床に倒れた杯に手を伸ばし、床に指先を滑らせしとどに濡らした。
片手と口を使って器用に袴の紐を解き、下帯を緩めていく。
まだそれほど勢いを伴っていないそこに、濡れた指先を這わせる。
さすれば下肢を伝い、酒が窪みへと流れ落ちる。
その雫の這う筋道に、たまらず野村は小さく体を捩った。
「…なにを、する…っ」
「悪いようにはせぬわ」
酒が粘膜に染みこむと、そこがじんわりと熱くなる。
ふいに酒が回ったようになり、野村は体にこもった熱に戸惑い、
大木の腕にすがった。
「雅、之助…っあぁっ」
簡単に体だけが欲を欲して昂ぶらされていくと見える。
困惑の表情は、ますますそそる。
「わしの背にしがみついてろ」
手を回させてやると、案外と素直にすがり付いて浮いたような声で鳴いた。
口付けしながら、指を銜えさせる。
野村の歯列に浅く差し込みながら、飲み込めずにいる唾液と、
自分の舌でその指を濡らす。
そしてその指を後孔に忍ばせた。
「ぁ…」
その不安げな声が、またいい。
その声に、大木はたまらず野村の腿に自分の下肢を知らず擦り付けてしまう。
ゆっくりと奥に差し入れると、臓腑の感触にますます押さえが利かなくなった。
「なぁ、野村ぁ…もういいか?まだだよなぁ、でももう…」
「ぅぁ…そ、んな、情けない声を出す…な」
準備が整うその少しの時間すら耐えられず、だいぶ乱暴に前を扱き、
溢れた先走りで手荒にそこをほぐしていく。
片方の手では自分の前身頃を緩め、耐えられずに自分の手で慰めるようにする。
指が二本、容易く入るようになったのを感じ取り、
性急に大木は野村の腰を抱き上げ、そこを宛がった。
ゆっくりと入り込んでくる圧迫感に、逃げそうになる体を必死に押しとどめ、
野村は背中を丸めて必死に口から息を吐き出した。
中で引っかかるように押し込まれてくるそれに、息が止まりそうになる。
大木は内部の温度ときつさに喜色の声を上げた。
根元まで全部収め終わると、軽く口付けを落とす。
「なぁ、もう…動いて、いい?」
「好きに…しろ、」
諦めたように野村は言い放ったが、今にも背筋を駆け上がろうとする腰に吹き溜まった快感を
押さえ込むのでもはや手一杯であった。
腰を引かれた瞬間にそれは一気に髄に痺れを走らせ、
大木が腰骨に当てていた手の辺りからもまた得も言われぬ熱が生み出されるのに必死に耐えていた。
そして耐えようとすれば耐えようとするほどひくつく内部に、
大木はたまらず何度も何度も出し入れを繰り返した。
しかし不意にその動きが止まる。
快楽を引き伸ばそうと、大木が体勢を変えるよう促し、
野村は大木と抱き合って座るような形となる。
そのまま揺すられれば腹との間に挟まれたそこが快くなってくる。
前も後ろも一気にこすり上げられ、腰の性感帯に手が滑れば野村はたまらず切れ切れの声を出し、
またそれに煽られて大木は激しく動いた。
「あぁ…野村、野村…」
いとおしげに名を呼ばれると、耳の中を犯されているように感じる。
それをふさぐように、野村は大木に口付けた。
しかしそれでまた火がついたのか、そのまままた床に押し倒され、
腰を打ち付けるように何度も何度も突き上げられた。
「っあ、ぁ、もう、いかんっ」
苦しげな声でそう言い、野村の下肢を焦らすこともなく扱き上げる。
「はぁっ、雅ぁっ…も、もう」
「わしも、もう限界、じゃ…っ」
野村のそれが吐き出すのと、少しだけ時差を置いて大木が内部で達する。
収縮と膨張が最後の余波を与え、二人、しばしそのままで余韻に体を震わせた。
二人ぐったりとそこに横になり、
本当は背中から抱き寄せていたかった大木は、
そっぽを向いた野村の機嫌を損ねないようにとその思いを耐えてそのまま天井を見ていた。
こんなつれない態度すら、大木にとってはたまらなく愛しく思えてしまう。
昔からずっとそうだ。
いくら拳を交えても、心の底から憎いと思えることがない。
むしろ年を経るほどに好いた気持ちが高まってしまう。
「お前死んでも寺へはやらぬ 焼いて粉にして酒で飲む」
ふいにその句が思い出されたが、このタイミングで言えば戯言をと怒りを買いかねない。
それは胸にしまって、冴え冴えとした月を眺めた。