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まだ薄暗い夜。
暗闇の宿した霞んだ光に目を細める。
遠く狐の鳴き声が聞こえた。
それは悲鳴に似て、そしてそれはとても聞き覚えのある音のような気がした。
少しだけ身じろぎすると、
衣擦れの音を残して腕が伸びてくる。
起こしたか?と振り向いてみたが、
竹谷は静かに乱れのない寝息を立てている。
…無意識?
それはなんだか照れくさいことのように思えた。
恥ずかしさをごまかすように、
身体を覆うように伸びてきたその手を掴んだ。
親指の付け根を甘く噛み、
手の甲に唇を当てていく。
竹谷が自分を底知れないほど愛してくれていることが
いつだって本当はたまらなく嬉しい。
ものすごく安心して、
なにがあろうと揺るがないという確信が、
何をするにしても最大の支えになっているということ。
だけど、それは簡単には相手に伝えられないものだ。
もともと表現は上手いほうじゃない。
竹谷の手を口に当てたまま、
そんなことを考えて、
だけど頭の中はまどろんだ眠りと現の狭間にあって。
体がそっと擦り寄ってきて、
手を口から離した。
「どうしたんです?」
「…ん…」
人差し指を銜えて、爪を舌でなぞる。
沈黙が落ちて、
竹谷は背中を鼻頭でなぞり、首の後ろの骨に口付けてきた。
ただ、そうするだけ。
猫が懐いたときのような仕草で。
竹谷のこの手が、殺めた命がいくらあって。
自分の身体に染み付いたたくさんの罪がどれほどあるか。
夜はつまらないことを気に止めさせる。
急所を狙ったその一瞬後にふいに思い浮かぶ、
相手の今までの人生や、これから先の未来のようなものを、
ただ振り払わせるのは「生きて帰りたい」という気持ちだけだ。
お前のために死ねる、とは言わないが、
ただ、お前のためになら「生きられる」。
闇夜に飛ぶ鳥のような意識が戻る場所が
この場所だったらいい。
ずっとずっと変わらず、そうなればいい。
竹谷は気付けばまた眠りに落ちていた。
触れ合った場所が熱いままだったが、気にしながらまぶたを閉じた。
また朝が来て、
例えばこの夜のことについて尋ねられても、
ただなんとなくお前に触れたかったとか、そんなことしか今は言えない。
洗いざらい、話せる日がいつか来るかな、と。
眠りに落ちるほんの一瞬、頭に過ぎった。
人の命を奪っても、ただこの魂を宿した身体の側にいることだけを
ただ、当たり前のようにその瞬間が訪れると信じ続けること、
― つまりは、そうなるように全ての力を尽くすこと、が
誰かの口を借りれば、罪という名前になるのならば。
この罪と一緒に、お前とずっと一緒にいたい
ただ、そう思うだけ。
暗闇は月夜茸のような星を宿し、
あぁ、そういえばそれは毒のある生き物だと、竹谷が言っていたことを思い出した。