「風が出てきたな。戻ろうか」
はい、
返事をしながら顔を上げる。
頭ひとつ分くらい上にある笑顔を見て、
そのまま遠い空に視線を移した。
本当は、
そのまま私のほうを見てくれたらいいのに、
そんな愚かな願いを抱いたのだが。
こうやって視線は交わされることなく、
ただ平行にしか進めない道を辿るだけなのだ。
恋とは、希うもの。
ひんやりとしたジュンコの皮膚を撫で、
頬を沿わした。
叶わない願いでも、望むだけならいいではないか。
ざわわわと風が木々を巻き込んで通り過ぎていく。
音に囚われかけた身体の
肩に体温が触れた。
「どうかしたか?」
肩に添えられた掌。
地面に視線を移せば、影は二つ。
それが一部分で重なって、大きな一つの塊となって
ながくながく伸び上がっている。
長く長く伸び、そのまま自分たちごと飲み込んでくれれば良いのに。
そう、そうだね、ジュンコが餌を食らうときみたいに。
ジュンコを撫でる。
そんなことを心の中で話しかけながら。
「孫兵はいつも寡黙だなぁ」
そう言えばジュンコと話してばかりで、一向に返事をしていなかったかもしれない。
いいえ、そんなことは。
呟くように応えれば、その人は大きな目をまるくして、
驚いたような嬉しそうな顔をした。
照れくさくて照れくさくて。
竹谷先輩が気が付かないだけで、たくさん話したいことはあるんです、と、
その一言が言えなくて開きかけた口をそっと閉じた。
もしも先輩が人間じゃなくて、爬虫類や昆虫だったりしたら、
もっとたくさん気安く話ができたのに。
そしてとてもかわいがって、死ぬまでずっと愛していられたのに。
希う、
乞い、願う。
叶わないとは知りながら。