幸せの重み


基本的に、まじめな人で。

かといって愛嬌がないわけじゃない。

冗談も言うし、笑うし、怒るし。


手っ取り早く忍術の勉強にも直接役立つだろうと、

タカ丸が学園に入学してすぐに教師は火薬委員会に配属を決めた。

不慣れな学園をなんとかかんとか火薬委員会の会議に向かって、

結局道に迷っていたのを助けてくれたのは久々知であった。


そして今隣りにいるのはその久々知である。

うつぶせになり、うすぼんやりとした灯の下で本を読んでいる。

タカ丸は少し甘えるように寄り添って中身を見てみる。

難しくてわからないいろいろな砲弾の仕組みが書いてあった。

久々知の横顔を見れば、その目が文字をじっくりと追っているので、

この人の頭の中にはしっかりと知識が詰め込まれていっているのだな、と思った。

「どした」

視線に気がついたのか、尋ねるその声が優しい。

ごろん、と背中に頭を預ける。

久々知の肌は、きめ細かくて高級な猫の毛を撫でたときのようにすべやかだ。

「俺、少しはみんなに追いついてきたかな〜と思ってたけど、やっぱりまだまだだね」

「そうか?」

「先輩が見てる本の中身、ぜんぜんわかんない」

指を指したその先にある、図解の絵をなぞる。

「俺だって、わかんないからこうやってイチから読んでるのさ」

「ん〜」

「タカ丸だって、順を追って読んでいけばわかるよ」

少し得意げにしゃべるときの久々知を、タカ丸はかわいいと思う。

「じゃあ、今度教えてください」

「そうだなぁ」

「約束ね」

「ほんと、教わるの好きだよな」

小さく笑ったのを見て、盗むように頬に口付けだけする。

「最初、先輩は俺のことあまり良く思っていなかったよね」

「わかってたんだ?」

「わかるよ。やれやれ、って態度だったもの」

「悪かったな」

全然思ってないような口調で言われて、

ちょっといじけて見てやった。

「別に、俺は覚悟してたからね。慣れてたし」

「そういうこというな」

「先輩怖い顔ぉ」

いちいちちゃんと反応が返ってくるのが嬉しくて楽しい。

「お前が会うたびに質問攻めにするからだろ」

「だって、知らないことがいっぱいあったんだもん」

「あれだけしつこく聞かれたら、やれやれって顔もするさ」

「先輩が一番俺の話に付き合ってくれたんだよ」

「だから?」

「うん。だから好きになったのかも」

ちょっと甘えたような目線を向ける。

「だから俺になにされても許すんだ?」

意地悪な口調。

「それは…違うよ〜」

「あぁ、そっか。そうですよね…好きだったんですもんね、こうされるのが」

ぐるん。

身体がくるりと翻って、

気がつけば天井と影を作った久々知の顔。

「もう一回、かな…」

独り言みたいにつぶやくのを聞いて、

タカ丸は自分の顔が真っ赤になるのがわかる。

首筋に顔をうずめられ、頚動脈をなぞるように舌が這う感触に鳥肌が立つ。

がっつくのではない。

いつも、人体の仕組みが頭の中に入っているのが伝わってくるような触れ方。

「町育ちのくせになぁ…タカ丸はこういうの、慣れてるかと思ってた」

「っ…ぁ、って…こんな、こと、してるひま、なく…て」

そういう敏感なところで喋られると困る、と真剣に思った。


そうだ。

髪結いは結構華々しい職業だし、女の人からも引く手数多だったけど、

父親でもある師匠の元で働くという状況ではそうもいかないもので。

そういう甘い言葉だったり、聞きかじる話でその手のことには慣れてはいても

実際自分のこととなると案外…という状況だったのだ。


最初に誘ったのは久々知だった、と思う。

わからないことだらけでなにかと慕ってくるタカ丸の、

ときどき見せる好意と色にあてられた、というか。

たまたまその前の夜、人を斬った後だったりもして、ある意味タイミングが悪かった。

火薬倉庫でいろいろ説明しているうちに、

いつしかこんなことになっていた。

世の中不思議がいっぱいだ。


でも、タカ丸はしっかりと記憶している。

余裕のない顔で、指先を冷やして緊張の変な汗をかいていた久々知のことを。

それを見て、ついたまらず自分からしがみついてしまったことを。

タカ丸だって、興味があったのだ。

人を愛したり愛でられたり、睦言を交し合って、どっぷりと溺れるということに。






「せんぱい…」

呼ぶと、手を握ってくれる。

握った手は、たぶんもう離さないと思う。

体が触れて感じたもう一つ分の重さ。

今自分が手に入れている幸せの重みのような気がした。