熱帯夜
蒸し暑い夜だった。
食満が違和感に目を覚ますと、すぐに見覚えのある頭が目に入る。
「お前…」
「あ、起きちゃった」
隣で寝ているはずの伊作は、食満の足元に座りこみ、
膝から太ももにかけて手を滑らせてきた。
「なんの冗談…」
上体を起こし、額に手をあてて押しのけようとすると、やめてよ、と甘えた声を上げた。
「ね、ダメ?」
「何がだ」
「わかるでしょ」
「ダメだろ、馬鹿」
「だって、もんじが留ならいいって」
「はぁ?」
伊作は、食満の腿の上に乗っかり、首に手を回す。
「私、もともと衆道なわけじゃないし、女の子としたいって言ったの。
そしたら、お前はすぐに流されるから女はダメだって言うんだもの」
潮江の言い分もわからなくはない。
伊作のことだ、終わった後に女にしなだれかかられでもしたら
妙な責任感に駆られて入れ込みかねない。
「それで?」
もはや呆れて次を促すのも億劫になりながら、食満は聞いた。
「じゃあ留だったらいい?って聞いたら、勝手にしろってさ」
首筋に唇を当てて、片手間に髪の毛を弄びながら、
伊作はしゃあしゃあと言い放つ。
「だって、留も断れないでしょ?」
人差し指で身体の中心をなぞり上げる。
「留は私のこと大事だもんね」
わかっていてこういうことをするから、本当に性質が悪い。
かといって、否定できない自分が一番いけないこともわかっている。
伊作と一緒にいるうちに、不幸が伝染ったのだろうか。
口端を持ち上げて、指先を懐にもぐりこませる。
「…っ」
煽るように、触れるか触れないかのところで爪を当てる。
もう片方の手は生地の上から、少しだけ荒っぽく。
心臓を掴まれたような重苦しい痺れが走り、息が詰まった。
「ね、私のも」
手首を取られて、右胸に導かれる。
薬指でなぞれば、嬉しそうな顔で甘い声を上げた。
伊作がしたいようにさせた。
しかし、声をあげるのは癪に障る、と思い、喉を閉じる。
それがおもしろくないのか、少しでも息を詰め様ものならば、
そこばかりを何度も何度も触れてくる。
食満は敷布に顔をうずめ、重く熱を含んだ深いため息をついた。
それにしても、普段潮江はよっぽど執拗な責め立て方をすると見える。
背中はじっとりと汗ばみ、さっきから上手く呼吸ができない。
胸にざらついた舌が当たり、時折吸い上げられ、噛み付かれる。
その一方で汗と唾液でぬるついた奥を指先が探り、
浅く抜き差しされる。
むず痒く身体をめぐる違和感が、不快なだけではないことを知っている身体だ。
少しずつ内部を探られれば、たまらず腰が揺れた。
それを見て気を良くしたのか、ふいに伊作は下肢に手を伸ばす。
「留は、かわいいね」
根元に手を沿え、ためらいもなくそこを口に含まれる。
じゅぷじゅぷと音を立て、吸い上げながらしごき上げられれば、
もはや思考など真っ白になり、今まで耐えていたあえぎ声も押さえが利かなくなった。
びく、とそこが急激に膨張し、今にも達しそうな瞬間を迎えると、
とたん口を離し、
「まだダメ」と楽しそうにこちらを覗き込んでくる。
その言葉に従ういわれなどないのだが、そういわれてつい逝くのを我慢してしまった。
そのせいで、だらり、と先走りが伝う。
「これなら、二本くらいいけそうだね」
指を引き抜いて入り口にそれを塗りたくり、人差し指と中指を押し込まれる。
一気に抵抗を失ったそこは簡単にそれを飲み込んだ。
「やっぱり、これが一番使えるんだ…」
妙に感心したように呟いて、へその辺りに口付けながら深く浅くを繰り返す。
食満は額に滲んだ汗を腕で拭いながら、視線をおろすと、
伊作はもう片方の手で自分のそこをゆるく上下させていた。
「お前…」
「ねぇ、私、もう我慢できないんだけど」
膝裏を持ち上げ、内部を探っていた指で、自分のものを濡らし、
少し不器用そうにその先を入り口に当て込む。
「ね、痛かったら言ってね」
何回か、そこに圧迫感を与えられているうちに、先端がもぐりこむ。
「あぁ」
食満の声ではなく、伊作の上ずった声がした。
ゆっくりと腰を進められ、食満は必死に息を吐いた。
いつもなら、竹谷が背中をさすってくれながら、呼吸を促してくれるのだが。
「っあ…とめさぶろ…」
伊作は、まるで自分の方が体を犯されているかのように、
融け掛かったような声でびくんと体を震わせている。
上体を食満の胸に倒し、こみ上げる快感に耐えるように息を吐いた。
「ん…動かして、いい?もぉ…あっ、ぁ…」
聞くが早いか、ずるり、と腰を引かれる。
大きな質量が下げあがる感覚に、ぞっと背筋に鳥肌が立った。
何度も擦り上げられるうちに、ただただ熱くてわけがわからなくなる。
必死に声を耐えながら、伊作の背にすがりついた。
伊作は背中を触れる手にすら快楽を覚えるのか、うわごとのようにだめ、だめ、と繰り返す。
「どうしよぉ…すごい、きもちい…っ」
その声に腰がぞくんと振るえ、たまらず食満も小さく声を上げた。
竹谷に抱かれるときのことが頭を過ぎる。
申し訳なさそうな表情で快楽に耐える竹谷が、
ふいに上げる湿った熱の息遣い。
例えばこんなふうにただ無我夢中で求められたら、それだけですぐに気をやりそうだ。
「ねぇ、留ぇ…お願い、ここ…」
手を掴まれ、胸に当てられる。
望まれたとおりに、指と舌で胸元を弄ってやると、
穿たれているそこにぐっと力がこもるのがわかり、たまらず食満も声が漏れた。
もう、どっちが抱かれているのかわからない。
「あっ、ダメ、もう逝くっ」
浅い位置で吐き出され、その収縮が食満の体に伝わる。
そして、少しだけ乱暴に引き抜かれた。
その動きでまた新たな快楽が呼び覚まされた。
流れ出た不快な感覚が下半身に伝い、しかし、逆にそれで煽られる感覚もある。
「はぁ…ぁ…留も、達きたいよね」
ひと呼吸付いた伊作は、食満の後頭部に掌をあて、耳たぶを噛む。
荒い呼吸が耳穴に響き、首筋を通って甘く痺れる。
唾液の音を立てながら耳を犯し、頭に当てた手をゆっくりと胸へ滑らせる。
そしてゆっくりと撫でた後、摘み上げた。
「ね…竹谷くんにされてるって思ってみて」
あいている片方の手が核心に触れる。
頭の中も、体の中も全部犯されているようで正常な思考が働かない。
たまらず目を閉じる。
『食満先輩』
「あっ…あぁっ!」
閉じたまぶたの裏に爆ぜるように、意識が飛びかかった。
気付けば伊作の掌に吐精し、荒くあがった呼吸を繰り返していた。
「…留、びしょびしょだね」
誰のせいだ、と思ったが、言い返す気力もない。
「ちょっと待ってて、今、後始末してあげるから」
伊作は乱れに乱れた寝夜着を整え、少しふらつきながら立ち上がり、
部屋を出て行った。
真っ暗な天井を見上げ、腕で顔を覆う。
最後に呼ばれた自分の名前。
伊作がいたずらで真似て言ったのだろうか。
それとも、勝手に自分の中で呼ばれることを想像したのだろうか。
散々なほど伊作に体を蹂躙され、
竹谷にされるどんなことよりも厭らしい扱いを受けたのに。
それでも一番感じたのは、
― 最後のその一言だった。
…私もいい加減、嵌っているな
深く息を吐く。
これでしばらくは伊作にこんな無茶をさせられることもないはずだ。
本当は今すぐにでも竹谷に抱かれたい、と思ったが、
さすがの竹谷も、いくら相手が伊作とは言え不愉快な思いをするだろう。
唇を手首に当てて、竹谷との交合を思った。
体が熱い。
明日の夜は竹谷を呼び出そうか、それとも声を掛けられるまで待とうか、
熱が滞留した部屋の中で、一人、考えていた。
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兄弟みたいな食満には伊作の勝手を許せる潮江。
伊作のわがままを突き放せない食満。
でも、竹谷しか見えていない食満、潮江しか見えていない伊作。
そんなことなど知らない、竹谷。