縁側で二人並んで座る。
夏も終わりを迎える頃は、草葉に隠れた虫たちの声で
沈黙はその間を見失うことなく流れていく。
後ろに支えるように手をついていた久々知の手の上に、
厚い手のひらがふいに重なってきた。
慌てて、その手に視線を向ける。
そして隣の横顔に向き直る。
しかし、竹谷は虫の声に耳を澄ましながら、空の端を眺めていた。
ぐ、と力が掛かる。
重なった手の甲を、夏の夜風がくすぐっていった。
こうも何事もないかのような顔をされては、
何か話すことも躊躇われて胸がもやもやとしたまま、
久々知は黙ることしかできなくなってしまった。
少しすると、ぎゅ、と握られた。
びくんとして、しかし、それがばれないようにと取り繕う。
しかしその一連の行動さえ、竹谷は意にも介さないようだった。
どういうつもりなのだろう。
それからまた少し時間がたち、ますます胸はつかえてくる。
いい加減たまりかねて、久々知は手を跳ね除けた。
竹谷がようやっとこちらを向いた。
少し驚いたような顔をしたが、それでも気にならないような顔で
口元をほころばせて、少し強引にまた手を握る。
「どーいうつもりだっ」
ようやっと何かの呪縛から解き放たれたように声を上げる。
しかし、目を細めて笑ったあと、
竹谷は久々知にぐっと顔を近づけた。
鼻先が触れるか触れないかの距離まで近づいたところで、
声を潜めてこう囁いた。
「虫たちが驚くから」
そしてそのまま一気に口付け、そのまま静かに久々知を縁側に押し倒した。
角度を数回変えられても、息をつく間もない。
他人に触れる際の躊躇いのひとかけらも感じられない所作に、
ただひたすら久々知は応えるしかなかった。
まるで川で溺れている時のようだ。
片手を握られたまま、抵抗ができる左手で背中をどんどんと叩く。
ようやく口先を開放されて、にらみつけた久々知に竹谷は言った。
「これだけの大音量の中にいると、世界に一人きりのような気持ちになるんだ」
「はぁ?」
まぁまぁ、と宥めるように竹谷は久々知の前髪をそっと掻き上げる。
こういう、なんてことのない仕草をされると、いつも顔が熱を持つのがわかる。
「俺一人の世界の中に、兵助を連れてきたかった」
軽く、頬に手がすべり下りてくる。
「お前の手に触れた瞬間から、世界で二人っきりって気がしてたんだよ」
馬鹿じゃねぇの、と喉元まででかかって、
でもこういうところが嫌いじゃないんだと思い至って、
恥ずかしいのと悔しいのとごちゃ混ぜな気持ちをぶつけるように、
べち、と音がするほど両平手で顔を挟んでやった。
「もっかい」
少し不貞腐れた口調で言う。
「二人っきりなんだろ?もう一回しろ」
竹谷は、嬉しそうにもう一度口付けた。
「これだけの大観衆の中で口付けるのもオツなもんだなぁ」
邪気のない顔で、笑顔を向ける竹谷。
「おまっ、さっき二人って言ったじゃないか」
「何事も考え方一つだよな」
久々知は軽く竹谷の頭を小突く。
手は、まだ握り合ったまま。