ほの暗くお互いの顔を見合わせる。
「どうかした?」
雷蔵の声に、三郎はどこか得意げに言う。
「俺のほうが、少し大きい」
「そうだね。だけど、割りに女の人の手みたい」
爪が横長の形をした雷蔵の手よりも、
縦長の指先の三郎の方が確かに女性的である。
「さすがの三郎も、ここまでは変装してないね」
「そうだな」
すらりと伸びた指先が、雷蔵の手を掴む。
「全部お前になってしまいたい、っていう気持ちと、
お前と違うところを見つけたいという気持ちが、ときどきせめぎ合う」
握った手を、三郎は軽く力を込めて自分の身の方へと引いた。
なすがままに雷蔵はその胸に身体を凭れかける。
「なぁ…一線を越えるっていうけど、一線てどこにあるんだろ」
呟くように、どこか独り言のように三郎が言う。
「どうなんだろ…自分と他人を区別する線…かなぁ」
指先を絡ませながら、ときおり息を詰まらせながら雷蔵は答える。
「…おかしいなぁ、雷蔵になろうとすればするほど、ますます俺にはその線が
どんどん色濃くなっていく気がするんだけど」
声が、すごく寂しそうに聞こえて、雷蔵は握られた手に力を込めて握り返した。
「三郎」
「なんだ?」
「三郎と一つになんて、僕はなりたくないよ」
「そうか」
三郎の手が、豊かな髪の毛を撫でた。
「もしも君が僕になってしまったら、僕は誰を見ていれば良いのか、
…きっと、わからなくなって路頭に迷ってしまう」
背中に回した片方の手が、
ぎゅ、と着物の身頃を引いた。
「ごめんね、一線は自分と他人の間にあるものじゃなくて…
きっと、関係性だよ。世界と、僕ら二人を分け隔てるための、線」
どこか必死ささえ感じるような口調で雷蔵が話す言葉。
「では、俺と雷蔵は世界から隔離されたんだな」
その言葉に、雷蔵は背筋がぞくりとするのを感じた。
恐怖でもあったが、言い知れないほどの充足感があった。
これほどの才能を持った人間が、底知れない暗闇を抱くほどに自分を求めているのだと。
「二人なら、怖くないよ、僕は」
それは、どこか決意を込めた言葉だった。
―愛されてる。
三郎はただそう思って、
雷蔵のこめかみあたりに鼻先を寄せた。
あまやかに、規則正しいお互いの呼吸が沈黙に落ちる。
ほのかな明かりが作る影が二人を一つの塊にしていた。
雷蔵が顔を上げると、三郎は少しだけ眉を上げて、無言で問いかける。
応じるように目を閉じる。
同じ形をしていて、でも少しだけ自分よりも高い温度の唇が合わさって、
僕たちは別々の物なのだと、強く印象付けていた。